【そようよさそうよの由来】旧蘇陽町について調べてみた!



こんにちは。『そようよさそうよ』専属ライターの「SUGIMASA」です。


私達が行っている山都町(旧蘇陽町)の地域おこしプロジェクト『そようよさそうよ』のプロジェクト名の由来にもなっている蘇陽町


蘇陽町は現在は山都町に名前が変わっておりあまり馴染みがない町名です。(私もこのプロジェクトに参加するまで正直知りませんでした。)


このプロジェクトに参加している身として蘇陽町について知っておかねばならないなと思い蘇陽町を調査してみる事にしました。


今回は、その蘇陽町についてお送りします。


◆目次

・蘇陽町の歴史

・名前の由来

・まとめ


・蘇陽町の歴史

蘇陽町は熊本県阿蘇郡にあった町で、当時の行政区域は、熊本県東端に位置し宮崎県に接していました。


1956年9月30日に旧柏村、旧菅尾村及び旧馬見原町が合併して蘇陽町が誕生しました。


旧町域の北半は阿蘇溶結凝灰岩の火山山地、南半は阿蘇溶結凝灰岩の丘陵・台地からなっています。


中心地区の馬見原町はかつて周辺の商業、交通の中心地で酒醸造業が盛んでした。


馬見原町の中心部「馬見原商店街」は宿場町として有名で当時は遊郭がある程栄えていたそうです。


「馬見原商店街」について詳しくは以前の記事で紹介しているのでそちらをご覧下さい。



2005年2月11日、矢部町・清和村と合併し、現在の山都町が発足され同日蘇陽町が廃止になりました。


合併に伴い、阿蘇郡から上益城郡となりました。


現在は、米を中心に畜産(肉牛肥育)やブルーベリー、ダイコン、葉タバコ、クリ、チャ、シイタケなど農業が盛んな町となっています。


山都町は今は農業が有名ですもんね!




・名前の由来

蘇陽町は、昭和初期に命名された五ヶ瀬川の峡谷「蘇陽峡」に由来しています。


その「蘇陽峡」の名前の由来は、大正11年に国立公園の選定調査に携わられた田村剛博士が、”我が國における殆ど無類の大峡谷” その原始的な渓谷の美しさは「まさに太陽が蘇る如し」と絶賛した事からのちに斎藤宗宜熊本県知事によって命名されました。


「蘇陽峡」は蘇陽町の由来になるほどのシンボル的存在だったんですね!


「蘇陽峡」について詳しくは以前の記事で紹介しているのでそちらをご覧下さい。


・まとめ

今更ながら『そようよさそうよ』の由来になった蘇陽町についてお送りしました。


最近、色んな地域おこしのプロジェクトに参加させてもらっていますが、まずはその町の歴史を知る事が大事だなと思う様になったので今回の企画を思いつきました。


このプロジェクトを通して地域の歴史に更に詳しくなっていきたいと思います。