いきさつ


地元にもどり十数年がたつ。

自然にかこまれ、街並みもきれいで、美しい景色が見れるスポットも多く存在する街、「馬見原」、ここが私の地元である。

私は元々まちづくりに携わろうなどとは一切思っていなかった。

しかし、今では「そようよさそうよ」というプロジェクトをたちあげ、まちづくりに携わりたいと思っている。

では、どういうういきさつでこうなったのかをすこしづつ話していこう。


振り返れば実家に帰り数年たったころ、街づくり協議会に入らないかと声がかかった。

田舎にはこういう会合や組合みたいなものが多数存在するが、どれもほぼ同じメンバーで構成されており、定例の行事を毎年行うことの繰り返し。

無論、街づくり協議会もその一つ。

そういう状態であるのは私も知ってはいたが、仕事にも慣れ始めたし実際に街づくりを経験するにはいい機会だと思い軽い気持ちで入ってみた。

ところが一度関わってみると、想像以上に保守的で変化を好まない人たちの集まりだった。

しかし、それは必ずしもそこに関わる人たちだけが悪いわけではなく、今まで続く仕組みにも問題があると私は感じていた。

田舎の方ではよくあることだが、保育園から中学校、場合によっては高校生まで同じメンバーで育っていく。一度は町外や県外に出る者もいるが、ほとんどが学生生活が終わるとすぐに地元に帰るケースが多い。逆に社会人として県外に出るとなかなか戻ってこない。

こうなると結局、地元の学校生活の延長がいい意味でも悪い意味でも続き、移住者はこれになじめるかどうかにかかっている…。

自然にできたこの仕組みが、新しさを遠ざけ、変化を拒む原因かもしれない。

そう感じた私は、静かに動き始めた。



つづく…